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「お台場」のルーツは敵の侵入を防ぐ大砲台

「お台場」という地名に隠された、お台場誕生の秘話

お台場 いまや斬新な建物が立ち並び、近未来的な観光スポットとして定着した「お台場」ですが、歴史をひもといてみると、意外な真実が判明...。
そもそも、「お台場」の歴史は江戸時代に始まりました。「台場」とは砲台、つまり大砲を置く「台」となる「場所」のこと。江戸末期、ペリー来航をきっかけに、外国船の襲来を脅威に感じるようになった徳川幕府が、江戸を守るために築いた砲台、それが「台場」でした。幕府直轄の地や由来のものには「御」を付けて呼ぶ習慣があったことから、「台場」に「御」がつき、時代を経て「お台場」と呼ばれるようになったのでしょう。この辺り一帯は、近年、臨海副都心として整備され、新しい街へと生まれ変わりました。
ちなみに、当初、海上の台場は11基造る予定でしたが、完成したのは5基。現在は、第三・第六台場が国指定の史跡として残され、第三台場は「台場公園」となっていて陸続きです。
さて、その他の台場ですが、東京港拡張のために第一・第五台場は「品川ふ頭」に埋没、第二台場は航路と重なるため撤去されています。そして未完成であった第四台場は、現在の天王洲アイルにあたる場所にあって、地形や石垣などにわずかな名残が残っています。

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